暮らしの中にオリーブを。

オリーブの起源 オリーブはどこから来たのだろう?

2019.09.05

 

2019年で創業70年を迎えた日本オリーブ株式会社。
1942年国内でオリーブの栽培を始め、国産のオリーブ化粧品を商品化して世に送り出しました。
今では、オリーブの栽培はもとより、オリーブ由来の化粧品、エキストラバージンオリーブオイルを含む食用オリーブオイルや食品を製造・販売し、オリーブや有用植物の基礎研究も継続して行っています。
創業70周年を迎え、社員の中で「もっとオリーブについて知りたい」「なぜ私たちの会社はオリーブにこだわっているのか知りたい」「オリーブを語れるようになりたい」など、自分たちが育て・作り出し・販売している商品の原点への関心が高まっています。
そこで、今までも社内勉強会は実施されていましたが、多くの角度からオリーブを追及していける勉強会をしようと今年プロジェクトが発足しました。
今回は第一弾「オリーブの歴史」を実施いたしましたので、ぜひ知っていただきたい部分を抜粋・まとめ・追記・再構成してお届けいたします。

 

 

「神性」のオリーブ


オリーブの歴史を考えるとき、まず、念頭に持っていていただきたいのが、オリーブの「神性」です。
オリーブは、高い尊敬を持たれ、聖なるものとされ、植物というだけではない、超自然的な神のような存在とすら捉えられています。
人類の歴史の中でも、オリーブは早くから、生活に馴染み、生きるために必要な木と人々に寄り添っています。その歴史の中に、神性さをもたれるには、オリーブの特性による多くの理由があります。
100年は優に超え、1,000年以上も生き続けるそのオリーブの木の生命力へ、人々は畏敬の念を抱きました。
1年中濃緑色の葉を豊かに茂らせ、その木陰で休息するとき、人々はオリーブの優しさに触れました。
中でも、果実からとれるオリーブオイルにより与えられる、母乳のように滋養に富んだ栄養や、薬や化粧品としての恩恵には、人々はオリーブに深い感謝の気持ちを持ちました。
そうして、生活に必要不可欠な恵みを与えてくれるオリーブの木に自然を超越した神性と捉えられるようになっていきました。
また、オリーブの起源と言われる小アジアの地に発したユダヤ教やキリスト教、イスラム教において、この慈愛に満ちた木から得られるオリーブオイルは聖なる油として扱われるように、宗教とも深く結びついていきます。

 

オリーブの起源_オリーブはどこからきたの?


オリーブには野生種と野生種から選抜された栽培種があります。
オリーブは、日本でも馴染みのあるキンモクセイやヒイラギと同じ、モクセイ科の植物です。
オリーブの野生種は有史以前から小アジアや北アフリカに自生していたとされており、イタリアで5万年以上前とされるオリーブの葉の化石が発掘されています。
オリーブの栽培種は野生種から選択され、改良されたものと考えられており、その栽培の歴史は6,000年も遡ると言われていて、現在の農作物の中でも最も古い栽培の歴史を有する作物のひとつです。

 

昔から、生活に根付いて利用され、大事にされてきたオリーブには多くの言い伝えがあります。

オリーブの登場する有名な話としては、その一つにミケーネ時代(紀元前1,600-紀元前1,200年頃)に原案が作られたと考えられているギリシャ神話が挙げられます。
海の神ポセイドンと女神アテナが、アテネの地の統治権をめぐり争った際に、「人に広く役立つもの」を競い、『オリーブの木』を捧げたアテナが勝利しています。

さらに、古代オリンピックにおいて勝者にオリーブの葉の冠が与えられたことも有名です。

この有名な神話・逸話の印象が強く、日本人の多くは「オリーブの起源はギリシャでは?」と思いがちです。

 

しかしながら、現在の学説ではオリーブは小アジア発祥とされています。
この周辺を発祥とする宗教で、紀元前5世紀から4世紀にかけてまとめられたと考えられる聖書の創世記には、オリーブが登場する有名な『ノアの方舟(はこぶね)』の話があります。大洪水が終わり、水が引いたことを知らせる印として、方舟から飛び立った鳩が一枝のオリーブを持ち帰ったと記されています。この方舟が流れ着いたのが『アララト山』とされています。
ここでいう『アララト山』と同一という証明はできていませんが、今の『アララト山』はトルコの東端にあります。

その他の研究からも、現在オリーブの起源は小アジアと呼ばれるトルコ・シリア・ヨルダン周辺が有力とされています。

 

なぜオリーブは世界中に広まっていったのだろう?


 

オリーブの作物としての栽培や搾油の発展にメソポタミア文明が大きく貢献したと考えられています。
「メソポタミア」は有名なチグリス川とユーフラテス川の間の平野部で、現在のイラクの一部にあたります。
かつて、この地は肥沃で多くの文明が生まれています。「メソポタミア文明」はそれらの文明の総称です。
小アジアから北シリア地方に移住したことに始まるといわれているフェニキア人が、このメソポタミア地方から「オリーブ栽培・オリーブオイルなど」を広めていったといわれています。
フェニキア人は、優れた商人であり、海上交易には特に秀でていたため、貿易商品としてのオリーブオイルや、オリーブ栽培もを広めることができました。
当時、地中海の海上の要衝であった「キプロス」にある現「キプロス共和国」の国旗にはオリーブの枝がデザインされています。

そうして、ギリシャに伝わったオリーブは紀元前14世紀以降に栽培が拡大されています。
紀元前8世紀ころからギリシャは植民地開拓を始めますが、植民地が広がるとともに、イタリアなどにもオリーブが広かって行きました。
その後、イタリア半島で誕生したローマ帝国により、スペインなどの地中海沿岸地域へと広がっていきました。

また、時代は大航海時代となった15世紀半ばから17世紀半ばには、ポルトガルやスペインが、アフリカ・アジア・アメリカ大陸への海を渡って、上陸し、オリーブも一緒にもたらされました。

オリーブの有用性やオリーブオイルの価値はもとより、宗教での重要な役割を担うことから、行く先々にオリーブ栽培やオリーブオイルをもたらしたのでしょう。

その後も、南米、オセアニア、日本へも広がっていきました。

 

今も愛されるオリーブ


オリーブは「平和」や「知恵」「勝利」などの象徴として、現在も多くのデザインとして利用されています。
ノアの箱舟から「平和」、女神アテナが知恵をつかさどることからの「知恵」、オリンピックのイメージから「勝利」となっています。
オリーブデザインで、もっとも有名なのは「国連」の旗でしょう。
地球がオリーブの枝葉に包まれているように見えます。
これは、国際連合が全世界の平和を目的として活動する組織であることを示したものであるとされています。
また他にも、unicef(国際連合児童基金)やWHO(世界保健機関)などの国際関連組織の旗があります。

絵画の世界でもオリーブは好まれて描かれます。
ノアの箱舟の題材をはじめ、キリスト教の宗教画や、有名な後期印象派のゴッホや、日本でも佐竹徳などオリーブを描き続けた画家がいます。

 

オリーブの起源のまとめ


 

オリーブは小アジアを起源と考えられ、この地で栽培やオリーブオイル作りが始まったとされます。
人々の生活に根づき、生活にも宗教的にも無くてはならなくなったオリーブは人々の貿易や侵略によって、小アジアからヨーロッパへ、大西洋を超えてアメリカへ、そして世界中に広がりました。
オリーブの有用性やオリーブオイルの価値を人々は身体で感じ、精神的にも宗教での重要な役割を担うオリーブは、宗教の経典や神話や逸話にも多く登場し、現代に至るまで多くの美術モチーフや、平和・知恵・勝利の象徴としてさまざまなデザインにも用いられて、愛されています。

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“オリーブの起源 オリーブはどこから来たのだろう?” への2件のフィードバック

  1. KOICHI より:

    昨日、オリーブの木を買いました。見ているだけで心をリッチにしてくれます。ありがとう❤️

    • kinoshita より:

      こちらこそ、ありがとうございます。
      果実の実りに目が行きがちですが、葉がそよぐ姿などとても気持ちがよいですよね。
      昔から世界中で愛されてきた木だけあると、私たちもいつも敬愛して見ています。

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